うきは市のアリト電業のブログ
2026年5月18日
庭に広がる、炭火の匂いと子の笑顔。
久しぶりに家族で囲んだバーベキューの時間は、とても温かく、楽しいものでした。ふと、
子供が楽しそうに肉を頬張る姿を見て、自分の幼少期に想いを馳せました。
バブルの狂乱の中、両親は商売に追われ、
我が家にはこうした家族団欒の記憶がほとんどありません。旅行も生涯で別府に一度きり。
私の「記憶の宝物」の箱は、決して多くはありませんでした。けれど、
思い出すのはささやかな、けれど光り輝く一瞬です。閉店後、父のバイクのシートの前に乗せてもらい、ぐるぐる回った夜の小学校の校庭の景色。
久留米の一番街でかじりついた鶏モモ肉の味。
欲しかったPCゲームのソフトを一緒に買いに行ってくれた日のこと。
思い出はプライスレス。あのささやかな一瞬一瞬が、今の私の根底を支えています。
父の背中というものは一体何なのでしょうか?
それは、私にはまだわかりませんが、私は「職人」としての仕事に誇りを持っています。
我が子がいつか私の背中を見たときに、決して恥ずかしくない仕事をしたい。
時間に追われ、頭の中に「手抜き悪魔」がささやく瞬間があっても、
「なぜ今、ここで手抜きをしようとするのか」と自分を律します。
目の前の仕事を軽く扱うことは、自分の生き方を汚すこと。
それはすべて、職人の背中に刻まれると思うからです。
私は、父の背中を見て育ちました。
30代だった頃の父は、イライラとストレスを抱え、私を殴り続ける未熟な人でもありました。
一時期は激しく恨みましたが、私が50代になった今なら分かります。
父も必死で、いっぱいいっぱいだったのだと。だけど、精一杯生きていた。
それだけは、よくわかります。
私が幼い頃に、
自分が蟻のように小さくなり、誰にも気づかれない恐怖に怯える夢を見ました。
そのとき、
私を最初に見つけてくれたのは父でした。
泣きながら目覚めたあの夢は
「もっと自分を見てほしい」という幼い私の心の叫びだったのでしょう。
その寂しさを今、大人の私がそっと抱きしめてあげたとき、
過去の傷がすっと癒えていくのを感じました。
未熟であっても、父は私のヒーローであり、頼れる存在でした。
そして私たちと共に、父もまた成長していたのです。
かつての私は、「愛を人一倍欲しがる人間」だと思っていました。
しかし、子供を授かり、自分の魂の奥底に触れた今、気づいたことがあります。
私は、愛をもらうだけの人間ではないと。
「愛を多く分け与えること」こそが私の使命であり、私の中には、それをいくらでも生み出せる無限の容量があるのだと。
そして、愛を周りに分け与えることで、
私自身が最も愛と豊かさで満たされるのだという真理に。
庭のバーベキューから始まった思考の旅は、ずいぶんと遠くまで私を連れて行ってくれました。
でも、心の中の記憶をたぐる糸というのは、きっと誰もがこのように、
芋づる式に繋がっているものなのではないでしょうか。今ここにある日常に、
そして過去のすべての記憶に。
本日も幸せに暮らしました。
有難うございます。
店長:稲田智久
一即一切 姿勢よく誠実に、心をこめて今を生きる。面倒でも手を抜くことは教わっておりません。美しさの履歴を残していきたい。
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