うきは市のアリト電業のブログ
2026年5月6日
最近は心のブログに書くようなことも、こちらに掲載しています。(入稿が楽)
さて、最も罪深いことは何でしょうか。
私の話は信じなくて結構です。信じる人だけ信じていれば良いです。
それは、小さいチクチクすることを言うことを繰り返す人です。要するに、蔑みや悪口、人を暗い顔にさせたり、嫌がることを言うことです。
何故か。それは皆さん一人一人の中には針の穴程の神様がいらっしゃるからに他なりません。ですので、自分自身をそう扱うことも同じなのです。
社会では真っ当に生きているほどに見落としがちです。そういうことは、日々繰り返すので、積もり積もってsatu人級か、それ以上の罪を背負っています。
隠していても、オーラが見える人には見抜かれますし、そうでなくとも歳をとると、顔や声がそのまま履歴書になりますから、罪状は隠せないです。
また、どんなに忘れていようとも、針の穴より小さな受信機は、魂という数兆テラバイトのメモリーに逐次送られ記録されています。逃れられないのです。
これ以上、罪を重ねないことです。
親鸞さんのように、蚊に血を吸わせてやるところまで行ければもう人間に生まれることはないでしょうが、そういう、他人を傷つけたり、騙したりする人の末路は今世に於いても種が芽吹けば即座に反映されますし、来世においてそのカルマを持ったまま輪廻します。(私の見てきた限りでは、その人の人生の集大成は息を引き取る時、"死に際"によく現れていました)
一人一人の中に神様がいます。
お客様の中だけではなく、提供する側にもいます。
それは信じておいて損はないです。
今からでも遅いということはないので、悔い改めると、その後の人生が変わります。
今この文章に触れたということは、物凄く奇跡に近い偶然ですが、近寄ってこれたということ自体が、何かに導かれている必然のようにも思います。
中世の時代の人で、マキャベリという人が言いました「天国への道を示した書物は沢山ある。しかし私は敢えて地獄への道を説く。何故か。それを知っていれば、そこを避けることが出来るからだ。」と。
※このブログではハッピーに生きる記事を主に書いていこうと思いますが、時にこのようなちょっと怖いけど、""天国への道という題名の地獄のお話""もしていければと思います。(とはいえ、天国への道というの中の殆どは、苦労や地獄へのお話なのですよね(笑)→人の為に100努力しても、そのひと言で全てが台無しになる感じですから当たり前のことでしょう)
それではまた。
店長:稲田智久
一即一切 姿勢よく誠実に、心をこめて今を生きる。面倒でも手を抜くことは教わっておりません。美しさの履歴を残していきたい。
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