草加市のラ・クレアシオンのブログ
2025年10月2日
ぴあMOOK『東京老舗案内』の撮影で足を運んだのは、丸の内の一角に暖簾を掲げる 菊亭 である。撮影対象は「江戸前天ぷらコース」。レンズを向ければ、油の中で立ちのぼる泡が、まるで時代の記憶を照らすように見えた。
菊亭が創業したのは昭和二十六年。戦後復興の空気がまだ街を覆っていた時代である。屋号を贈ったのは、当時の総理大臣・幣原喜重郎。政治家の筆によって名を得た料理店が、七十余年を経て丸の内に根を張り続けていることに、歴史の縁の不思議さを感じずにはいられない。
厨房の前に構えたカメラは、職人の所作を細部まで追いかける。箸先に載せられた車海老が、油に沈むや否や衣を纏い、軽やかな音を立てる。野菜や白魚、烏賊もまた、泡の中で瑞々しさを閉じ込められ、黄金色に輝きを増す。光を調整しながら、その瞬間を写真に封じ込めるのは、撮影者として至福の作業であった。
菊亭の天ぷらは、綿実油に淡口の胡麻油を合わせる独特の揚げ油を用いる。揚がったばかりの一品を口に含めば、衣は香ばしく、素材の旨味はまるで生きたまま舌に届く。秘伝の丼つゆは控えめでありながら、確かに全体を調和へと導いていた。
撮影を終えて機材を片付けると、ふと店内の静けさが際立つ。外の丸の内は昼夜を問わず人の流れに満ちているのに、ここには時間をやわらかく押しとどめる力がある。幣原の筆跡を映す色紙が壁に掛かり、歴史の重みを声なきままに語り続けていた。
老舗の頁を彩る一枚に、この日カメラに収めた音と香りが滲み出ることを願ってやまない。
店長:平野慎一
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