草加市のラ・クレアシオンのブログ
2025年10月9日
上野広小路に佇む〈ぽん多本家〉。創業は明治三十八年、東京がまだ文明開化の余韻をまとっていたころ。宮内省大膳寮で西洋料理を手がけていた初代・島田信治郎が、日本人の口に合う洋食を――その思いで暖簾を掲げた。以来、百二十年近く、変わらぬ所作と矜持で「カツレツ」という一皿を磨き続けている。
ぴあ発行の『東京老舗名店』の取材で、今回そのカツレツを撮影した。厨房に立つ二代目の背筋は凜と伸び、衣を纏わせた肉が油の中で静かに泳ぐ。その光景を前に、カメラを構える手が自然と慎重になる。光を受けた油面のきらめきが、長年積み重ねてきた職人の時間を映し出しているようだった。
ラードを用いた油は澄んでいて、揚げ音は驚くほど穏やかだ。衣が金色に染まる頃合いを見計らい、音が一段落ちる瞬間に箸が動く。その動作に、迷いがない。まるで一枚の写真の中に、時間の流れが収斂していくようだった。
皿に盛られたカツレツは、厚みを抑え、きめ細かな断面を見せる。衣と肉が溶け合う境界線に、ほのかに立ち上る湯気と香り。無駄を削ぎ落とした構成の中に、ぽん多の美学が息づいている。
白洲次郎がこの店に通い詰めたという逸話も、今では伝説のように語られる。彼が求めたのは贅沢ではなく、本物の誠実さだったのだろう。
撮影を終え、液晶に映る一枚を見つめる。そこには、時代を超えてなお揺るがぬ「正しさ」の輪郭があった。上野の空気に溶け込むように、ぽん多のカツレツは今日も静かに輝いている。
店長:平野慎一
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